
北海道近海は本マグロの漁場
私は以前水産業界に身をおいていた時の話になるが、札幌の中央卸売市場の仲買さんによく宴席によばれることがあったが、その席では市内のどんな高級料亭にいってもたべられないような貴重な素材とかメニューに出会うことが多かった、今回お話するのはマグロのカマのお話をするが、中央市場には毎朝何十本ものマグロが大物売場に並ぶ、50キロから100キロぐらいのマグロがデンと寝転がっている、中には300キロもあるカナダ産のジャンボマグロなども入荷する、カネシメの職員が刀のように刃渡りの長い包丁で何人もかかって見事な包丁さばきでマグロをさばいていく、
話がそれたが、カマは一尾から2個しかとれない貴重品、仲買さんはセリ落としたマグロを解体し四つ割りにして小売りに卸すのだが、カマは決まった料亭からすでに買い手が決まっているらしい、
そのような貴重なカマを仲買さんはよく自分の宴席に使うらしい、カマは80センチぐらいあり、身はカマトロと言われ牛肉の霜降りのようで、コクがあり口の中で融けるような味わい、
頭はカブト焼きにしてくれる、こういうおいしいものを食べられるのは業界人ならではの話です。
北海道の郷土料理は開拓時代の名残
北海道の郷土料理といえば鍋料理が多い、石狩鍋、三平汁などはその最たるもの、素材に使われているのはサケ、ニシン、ジャガイモ、タマネギが多いが、こういった料理の起源を辿るとすべて開拓時代の明治にうまれている、当時、開拓史の命を受けジャガイモ、タマネギがつくられたが、今でも札幌で屯田兵が多かった東区にいくと住宅街の中でタマネギ畑が多数みられる、開拓時代、アイヌ民族から学んだサケ料理と移住してきた人たちがこの素材をつかって、からだを暖めるためにうみだした料理と思われる、私の数十年前に亡くなった明治初期の生まれの祖母も三平汁をいつも食べていた、塩引きといわれるしょっぱいサケや寿司にしんを使ってジャガイモ、タマネギといっしょに煮込んでたべていた、札幌は海がないため開拓時代は、このような保存のきく塩漬けにした魚やコチコチに干せた魚を食べていたものと思われる、こどもの頃お年寄りの住む家で軒先によく魚をつるしていたのは、開拓時代の面影を残していたのかななんて今頃気がついています、いずれにしても北海道の郷土料理の起源は開拓時代、飢えと寒さから身を守るための先人たちの工夫からきている家庭料理であることで間違いない。
魚のオスメスの判別とは?
しろうとさんに魚のオスメスを見分けろといっても、無理な話であるが、プロになると、これができなければ一人前ではない、カレイの場合は尾っぽのチョット上を触ってみてツルツルしていたらメス、ザラザラしていたらオス、形をみてもメスのほうが全体的に丸みがある、サケなどの場合は、メスはオスより顔が小さく、尾っぽの側に背ビレがあるが、これも小さい、これだけ覚えていれば9割方間違いない、難しいのはニシンで、これはカズノコが入っているかいないかで値打ちがかわってくるが、腹を絞ればわかるが、それができない場合は形で見分けるしかない、メスは幾分丸みがある、
私は以前、千歳のインデイアン水車の見学をした時、職員の方が水車から次々にあがってくるサケをデッキの上でデッキブラシのようなもので、オスとメスに選別していた、これが実に見事で、瞬間的に選別できる目を持っている職員さんに驚いた。
北海道の人間は、バターが好き〜
北海道は、牧場、ラベンダー畑、じゃがいも畑、そば畑、小麦畑、水田、と道路を車走らせると、郊外に行けば牧場、畑、水田と牛さんや羊さんやお馬さんを見かける方が人を見かけるより多いような土地である、当然、品質のいい牛乳がとれ乳製品、アイスクリームもおいしいものが多い、しかし、その牛乳の消費量は全国平均より二割少ない、乳製品全体としては平均並みに消費している、それはバターの消費量が全国平均の二倍で消費していること牛乳の分をカバーしているのである、北海道人は恐ろしくバターの好きな人種である、自分なりに考えてみると、暖かい御飯の上に穴をあけて四角く切ったバターを入れて醤油をかけて、バター御飯にして食べたり、ジャガイモを塩ゆでして、
ジャガイモの大きさの半分ぐらいのバターをのせて食べたり、思い当たるふしがある。
北海道の家庭では、なにかがあればジンギスカン〜
とにかくジンギスカンが好きである、運動会で
一等をとったらジンギスカン、東京に就職している息子が帰って来たらジンギスカン、家族が
みんな集まったらとにかくジンギスカンである、札幌のスーパーの精肉売場では土日は必ずラムかマトンの特売をかける、それを目玉にしないとお客さんを呼ぶことができないほどの商品である、私なんかも本州に行ってる友人が久しぶりに帰ってくる時、相手に聞いてもジンギスカンが食べたいというので、ビール園に予約を入れるのが通例、「おーい、来週帰るから予約しておいてくれ」「はいはい」こんな具合である、何せ小さい頃から春の花見、夏のキャンプ、秋の炊事遠足、冬になっても、おせちに飽きたらジンギスカンと一年じゅう食べてきたメニューであり、親しみのあるメニューである、
何故、道産子がジンギスカンが好きかということを私なりに考えてみたが、それはこういうことではないかという結論に達した、ジンギスカンは、いつも家族や気のあった友人たちと、ワイワイ楽しく食べてきたメニューであり、ジンギスカンには道産子それぞれの楽しい思い出がつまっているメニューであるということではないか。
今では高級品になってしまった筋子の話し
北海道のサケの加工品といえばいくら、筋子が思い浮かべると思うが、すべて秋サケと限られている訳ではない、季節はずれの5月〜6月に獲れるトキシラズの筋子は、旬の時期しか食べることができない逸品、秋サケの筋子と違って粒が細かく甘口、
また、マス筋子も同じような季節に出回るがこれも甘口でうまい、何故か関東の首都圏の方はサケが好きである、東京の下町の方の朝御飯のメニューを聞くと銀シャリに塩サケと味噌汁というのが定番のメニューらしい、北海道のデパートの歳暮の人気商品のベスト3に荒巻サケが常にはいっている、しかも送り先をみても東京が圧倒的に多い、話は筋子に戻るが、今では一年中通して、デパートやスーパーの店頭に並んでいるが、ほとんどがアラスカ産のチャムサーモンの筋子か
同じくレッドサーモンの筋子と思って間違いない、日本の商社や大手の水産会社が現地で指導して製造しているものが大半であり、いつでも食べられる、秋サケ筋子は9月にならないと市場に出回らない、道産子の食卓には、タラコと並んで筋子はなくてはならない食材である。
筋子が出たところで、忘れてはならないのは、やっぱり鮭
鮭とかいて、さけと読むが私たちはシャケという方が多い、今驚いたのだがしゃけでPCが鮭と変換したことだ、シャケは標準語でもこう呼ぶのかな、
トキシラズという時期を忘れた鮭もあるが、前述しているので、一般的な9月から11月にかけて獲れる秋サケのことをみてみよう、
北海道では、秋味とよく呼ばれる、8月も後半に入ると川にのぼってくる、北海道を母川にもっているさけで川じゅう鮭だらけになる、石狩川、十勝川、釧路川という大きな川はもちろん海に注いでいる大半の川は、この時期鮭の話題で盛り上がる、札幌市内を流れる豊平川も、ここ数年、水質がよくなり札幌の母なる川にも鮭がのぼってきて市民は9月に入ると堤防の上の道路端が見物客の車でいっぱいになり、さけ科学館なるものまで出来てしまった、これは市が戦後汚れていた川の環境をここまでよくしたんだという見栄に思えるのだが・・
千歳川にあるインデイアン水車は観光客で賑わい観光バスが何台も止まっている、鮭が水車からあがってくる模様を高い見物席を設けて見せてくれるのだが、ここの近所の橋の上から川をみおろすと鮭の群を見ることができる、初めての方には見つけにくいのだが、一点をじっと見つめていると何かが動いているのがわかる、そのうちそれが全部鮭だということが・・・
最近ではここも有料の科学館ができ水槽の中の鮭を見ることができる、
一説によると海にいる鮭がサケで川にのぼった鮭をシャケというらしいが・・・
川にのぼって鱗がボロボロになって産卵間近の鮭のことをコチラではホッチャレというが、どうも語源は定かではないが脂もなく味がまずい
ので放っちゃえというのが真実らしい、ちなみにホッチャレは1尾50円ぐらいの値打ちしかなく、薫製工場が引き取りトバになってしまうそうです、
北海道の鮭は川にのぼると禁漁になり獲ると罪になります、くれぐれも川にのぼった鮭を釣って警察のお世話にならないようにお願いします、この時期、毎年、密漁で新聞で話題になりますが・・・
海にいる鮭は9月になると解禁になり太公望が集まります、一年間待ち続けていた人も少なくなく日本全国から北海道に集まります、最近では北海道鮭釣りツアーなるものもあるとか・・
おいしい鮭が一番獲れる場所は河口に近いところだそうです、川に入って真水に触れた瞬間、
銀色の鱗が青緑色に変わります、鮭は産卵をするために海にいる時に体力を蓄えます、河口付近をうろうろして体力がピークに達した、その瞬間、体の色を青緑色に変色させ川の流れに向かって突入していくらしいのです、だから河口付近の海で獲れた鮭が脂がのってうまいというのが頷けますね・・・
11月にはいるとオホーツクの枝幸方面でメジカという鮭が獲れますが、この鮭が北海道では
脂がのって一番うまいといわれています、名のいわれは目と口の間隔が他の鮭と比べて短いというところにあるらしいのですが、見た目でわかるものではありません、メジカもどきが市場に出回りますので消費者の方くれぐれも御用心
して下さい・・・
鮭は全国で北海道だけが母川をもつわけでなく東北、関東にも鮭ののぼる川は、たくさんある、青森、岩手はたくさんの鮭が獲れ11月になって北海道産が一段落すると札幌の中央卸売市場に東北産の鮭が売場に並ぶ、最も最南端の川は一説には茨城県であったが最近では千葉県に鮭を祭っている神社があるということがわかった、以前は関東地方の川にもドンドン鮭がのぼっていた時期があるのではないか、それで関東地方の人の食文化の歴史に鮭が密接に関係しているのではないか・・・
漬物好きな道産子
毎年、秋も深まり初霜が降りる季節を迎えると道内の家の軒先、ベランダそこいらじゅうに縄で編まれたダイコン干しが始まる、これは、たくあんにするためである、10月になると漬け物シーズンが始まりスーパーや市場のチラシには必ず「越冬用野菜配達します」という見出しが目立ちます、
今では冬になっても野菜は関東方面から札幌市の中央卸売市場にいくらでも入荷しスーパーや市場の店頭に並ぶようになったが、昔は野菜は自給自足で冬の間は漬け物で補っていた名残である、最近の若い主婦は漬け物はスーパーに売っているものと信じている人が多くなり、ダイコン干しの風景もお年寄りのいる家意外で、だんだん見られなくなってきているというのは残念なことである、
以前は漬け物を漬けるのは主婦の仕事で漬け物はおふくろの味、その家庭によって漬け方、味が異なり、「嫁をもらうなら漬け物上手の嫁をもらえ」とまで言われたものだが、今はスーパーの惣菜売場に並んでいる、たしかに一年中野菜が食べられ、ビタミンを補給できる時代になったのだから越冬野菜という言葉自体が本州の方が聞いたら、北海道って冬、野菜が買えないのって不思議に思われるような時代遅れの言葉になってしまった、子供の頃、母と一緒にダイコン、白菜、タイナ、キャベツ、キュウリ、ナスなど買いに行ったり、土付きダイコンを外で洗ったりするのを手伝ったことが懐かしい、
しかし漬け物好きという道産子の趣向はまだ息づいているようで若い家庭でも漬け物の消費量はかなり多くスーパーの惣菜売場では納豆、豆腐、漬け物というのは常にベスト3の売上げ点数である、
私も漬け物好きであり、昔はおやつ代わりにニシン漬けや沢庵を食べたものである、タイナの漬け物なんかは実に懐かしい、昔は何処の家庭にも台所や物置に大小10個以上の漬け物樽が並んでいたものだが、母はつかる順番に上手に出してきて大きな丼に入れて食卓に並べ食べさせてくれた、あれだけの樽が春、暖かくなるまでに空になるのだから相当の量を食べていたのだろう。
北海道の代表的な魚といえばニシン
北海道に群来がなくなってから何十年たつだろう、群来(くき)とはニシンが海一面に白子をまきつける様だという、戦前から戦後にかけてニシン漁でわいた日本海側の漁村には今でも当時の面影を残す建物や貴重な資料が残っている、江差から留萌にかけての市町村には鰊御殿なる重要文化財が数多く残されている、
日本海側の市町村は多かれ少なかれ歴史的にこの鰊景気の恩恵を受けている、
小樽市の札幌寄りにJR函館本線銭箱駅があるが、この地名の由来は鰊が獲れて獲れて銭箱のような土地だったということからついたそうです、当時軽川(今の札幌市手稲区)に住んでいた親戚はリュックを背負って銭箱に行くと線路の脇にいくらでもニシンがころがっており、みんなでリュックいっぱいニシンを詰めて帰り、家で食べたという、食べきれないニシンは干してみがきニシンにしたりして貧しい時代、飢えを凌ぐためには最高の食材だったそうです、
北海道の家庭ではにしん漬けという漬け物を漬けるが、これも当時の名残といえる、冬に物置の中に置かれている漬け物樽の中から丼いっぱいニシン漬けを出してきて母はよく食べさせてくれたものだが、これが本当にうまかった、しかしもう一生食べることは出来ない、
たまにスーパーに売っているニシン漬けを食べるが、こんな味じゃないって腹が立つ!!
ニシン漬けは寒い氷点下に下がった物置の中で
さっと薄氷が張るような場所で保管され、あの味が出るのだろう、
今では春になると魚屋さんの店頭に初ニシンが並んでも型のいいものなら一尾2000円は下らない高級魚、(昔、線路の脇で拾って食べた魚が)
北海道の料理には豚肉
札幌で生まれた私は、牛肉を食べたのは、多分大人になってからだと思います、子供の頃から肉といえば、豚か羊かクジラ、焼肉といえば、豚肉、ジンギスカン、「今晩はステーキだよ」っていっても豚本ロースを精肉屋さんで厚めにカットしてもらって、フライパンで焼くだけ、すき焼きもカレーもみんな豚肉でした、お店にもカレー用の豚肉っていうのが、今でも並んでいます、シチューも豚肉ですね、でもビーフシチューの素を買ってきて豚肉でシチューをつくっている札幌の家庭は、今でもたくさんあるんでしょうね〜、
ちょっと矛盾のある札幌の豚肉の話でした、でも北海道全域の話ではなく、あくまでも札幌の話です、酪農家の多い北見、十勝あたりの家庭では、どうなんだろうか・・・
クラーク博士とカレーライス
明治の昔、札幌農学校に招かれてアメリカの農業を教えにいらしたウイリアム・ヒス・クラーク博士が、農学校の生徒にカレーライスをつくって食べさせたということが、最近話題になって、年代からして、日本で一番早くカレーライスをつくったのがクラーク博士じゃないかって話になりました、カレーライスがお店のメニューになった年代より古かったようです、「カレーライスのルーツが札幌?」っていう記事が、いろんなところで見られました、
「生徒ハ、米飯ヲ食スベカラズ。但し、らいすかれいハ コノ限リニアラズ」
有島武郎も新渡戸稲造もクラーク博士のつくったカレーライスを食べたのだろうか、そしてこの時の肉は豚肉だったんだろうか・・・
札幌の中華料理店
仕事の途中でランチをとることが多いが、中華料理店だけは行かないことにしています、
以前あった話ですが、いつものラーメン店がお休みだったので、お店を探していたら、すぐ近所の中華料理店の店の前のランチメニューが目に入りました、
ラーメン+ライスで¥550、これだと思い、ついつい入ってしまいました、これが失敗でしたね〜、
暖簾をくぐると小上がりに労働者ふうの作業服姿の男たちが7人座っていました、マスターは忙しそうに調理していましたが、注文をとりにきた女店員が、外套を着て買物に行ってしまいました、その後、5人ほど客が入ってきましたが、マスターは注文とる余裕もなく調理で忙しそうでした、
12時前に入店したにもかかわらず、まったく料理がでてこない、そのうち、女店員が帰ってきて、マスターと口論が始りました、どうも材料を切らしたらしいんですね、
1時まで帰らなきゃならないので、キャンセルして帰りましたが、なんともお粗末な話です、帰り際に7人の客に料理を運んでいましたが、「箸がない」って客は怒っていました、マスターも鍋をけたたましく音をたててチャーハンつくってるし、ランチを楽しむ状況じゃなかったんです、こんな感じで、楽しくランチがとれると思いますか?
こちらのほうから逃げ出しました・・・
7人くらいの客にふりまわされてるような料理人はプロとして失格です!
教訓です、メニューの種類の多いお店と中華料理店では限られた時間内のランチは、やめましょう、
ちょっと美味しくない話でした、こんな失敗もたくさんありますね、結局隣の手作りパン屋で買ったパンかじりながら、仕事場まで戻りましたが、このパンが意外と美味しかったです、転んでも、しっかり立ち上がる管理人の貪欲な食への追求、素晴らしいですね〜。
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